多くの企業で掲げられている経営理念や行動指針。しかし、それらがどれだけ社員に浸透しているのでしょうか?立派な額に飾られていることはあっても、従業員に深く浸透していることはあまりないように思います。企業規模が大きくなればなるほど、それは難しくなり、理念浸透を課題とする経営者は多く存在するのではないでしょうか?
2018年にイーバリューでは『クレドブック』を作り、従業員への理念浸透に徹底的に取り組み始めました。そこで本記事では、弊社での実際の取り組みを通じ、クレドブックによる理念浸透やマネジメントをご紹介いたします。
1.クレドブックとは?
1-1 企業の考え方・あるべき行動・使命が集約された一冊
まず、「クレド(Credo)」とは、ラテン語で「信条」「志」「約束」を意味します。ビジネスにおいては、企業活動の拠り所となる価値観や行動規範を簡潔に表現したものです。1943年に医薬品・医療機器メーカーのジョンソン・エンド・ジョンソンの3代目社長ロバート・ウッド・ジョンソンによって初めて考案され、その後、リッツカールトンホテル等でも利用されるようになりました。
イーバリューでは早くからこの「クレド」を定め、額に飾った社是ではなく、組織のマネジメントツールとして導入しました。当時は名刺より一回り大きいサイズで、見開き4ページというコンパクトにまとめられた「クレドカード」でした。携帯しやすいカード形式にすることで、従業員に慣れ親しんでもらいたいと考えました。
現在、私たちが使っているのは、なんと全80ページにも及ぶ「クレドブック」です。2018年に第1版を発行し、毎年4月に更新され、年々ページ数は増えています。内容は、クレドに始まり、創業昭和30年から今に至る事業遷移、「社員としての約束」と題した行動指針等が書かれています。
中でも、重要なのが「マインド~私たちが大事にしていること~」です。これは日常に落とし込めるレベルに具体化された、87箇条にも及ぶ我々の「あり方」です。「イーバリューらしさとは何か?」という問いを原点に、それらを表現しています。
さらに、マーケティング用語やビジネス用語の中で、私たちが社内で頻繁に使うものを共通言語となるようにまとめてあります。クレドブックは、会社の価値観やビジョンから、社員としてのあるべき考え方や行動、目標まで、イーバリューで働く上で必要なものが全て詰まったものと言えます。
1-2 一般的な「経営計画書」と何が違うのか?
企業の経営理念や目標、行動指針等が記載されたものとして、一般的に「経営計画書」と呼ばれるものもあります。イーバリューの「クレドブック」はこの「経営計画書」と異なる点が大きく二つあります。
一つ目は、会社の数値目標に関する記載がないことです。よくある年間売上目標や利益計画、各部署の売上目標等は一切書かれていません。数値目標といった変動があるものよりも、マインドといった不変的なものが、マネジメントでは大切だと考えているからです。
二つ目は、社員が日常で使いこなすことを徹底的に考えている点です。そのため、抽象的な言葉ではなく、普段の会話を例にしたり、社員が自分で目標や気づいたことを書き込めるようにしたり、辞書代わりに使えるようなコンテンツを入れたりといった工夫がされています。
2-1 代表インタビュー:水野昌和
なぜ、クレドブックを作ろうと思ったのか?
― 事業拡大で生じた価値観の薄れ
「まだ組織が小規模だった頃から企業理念は必要だと思いつつも、私は一般的な『社是』では想いを表現できないように思っていました。2005年に『クレド』という考え方に出会い、当時の想いを全て注ぎ込みました。
『環境』や『廃棄物管理』という、一般的に分かりにくい仕事をどう表現するか、我々は何を誇りに働いているのか、我々の生み出している『価値』は何か、これらを徹底的に考え1枚のカードにしました。そして、この『クレド』に共鳴共感した学生たちが新たに入社し、私たちの事業や企業規模はさらに拡大し始めました。
さらに、2017年、『10年後、10のグループ会社を作り、10人の社長(president)を生み出す』という『10プレ計画』を策定し、メンバーに発表しました。それと同時に、採用基準や採用方法に多様性を持たせることで、それまでとは違うタイプの人材も積極的に採用することにしたのです。」
「そんな中、新人から『会社の飲み会とか参加しないとダメですか?』という発言があり、先輩社員達は困惑しました。それまで私たちの間では、『会社の飲み会やイベントに積極的に参加し、交流を深めることは当たり前』と思っていたからです。その新人をうまく説得・教育することはできず、『変わった奴が入ってきたもんだ』という空気になりかけたとき、私は思いました。
『なぜ飲み会に参加しないといけないのか』という新人の問に対して先輩が適切に育成するにはどうすれば良いだろうか。これから組織が多様化していく中で、このような問題(飲み会ネタに限らず)は多発するかも知れない。
『飲み会等、非公式の場で業務中に話せないことや、仕事上の悩みを相談していくことも仕事力を上げるうえで重要である』という、暗黙の価値観は他にも存在するのではないか?
また、組織が拡大し、人数が増えることで、そのような暗黙の価値観が薄れていくことも懸念されました。普段から私が社員に話していることも、人数が増えれば全員の耳には届かないし、誤解して受け取られる場合もある。大切にしたい価値観を、全社で共有するにはどうすればよいか?
人数が拡大すれども、大切にしたい部分が共有できない社員がどんどん増えるのは嫌だなあ、そんな想いから『クレドカード』を『クレドブック』にして、価値観共有のツールにしよう、ということになったのです。」
実際にやって良かったことは?
― 評価基準が社員に浸透したこと
「以前、給与や賞与は『評価基準』に照らし合わせて決定しており、どのような仕事態度が望ましいか、どのような成果を出してほしいか(定性的・定量的いずれも)等、その『評価基準』に細かく明文化していました。
私の願いとしては、日々社員がその『評価基準』を片手に「この項目を頑張ろう」という気になって欲しかったのですが、彼らがそれを見るのは半期に一度の考課面談の時だけ。「馬の耳に念仏」的な状態でした。
それが、『クレドブック』を運用している現在は、社員がクレドブックを片手に、日々の教育や目標設定などをする姿を見ることが増えてきました。常に理念・評価基準が身近にある状態が実現できたと感じています。」
2-2 どのような内容が記載されているか?
当社のクレドブック最大の特徴は、『マインド ~私たちが大事にしていること~』を見ていただければ分かると思います。全部で87項目にもわたり、「イーバリュースピリッツ(=価値観)」が書かれています。
実に具体的に、「どのような行動はイーバリューらしいか」「こんな時はどう考えるか」「どのようなコミュニケーションが望ましいか」等といった、行動規範からあり方への示唆まで幅広く取り扱っています。
普段自分たちが使っている言葉を用いて、誰でも「あのことだな!」と分かる具体的シチュエーションを題材にすることで、メンバーによる理解の格差をなくしています。時に辛辣な言葉が使われていますが、これは代表の水野の想いをダイレクトに伝えるためです。辛辣な内容のマインドには、「🌶」マークを付けてレベル分けをしています。社員の心に突き刺さる …!でも「🌶」で少しユーモアも感じられる。そんな工夫がされています。
<一部紹介>
マインドNo.1:それはイーバリューの品質とプライドか?
お客様への対応や施策の実行スピード、資料の内容や見やすさ、イベント企画の達成レベル 等。イーバリューの品質とプライドに照らし合わせた時、自信を持ってOKを出せるか? 仕事の成果における第一の基準はここにある。
マインドNo.18:自ら実行するのか、批判家でいるのか?
自分がおかれている環境を批判しても、周りのネガティブキャンペーンに同調しても、何も始まらない。どうありたいか、ギャップを埋めるための行動を自ら実行し続けることがプロ である。他人と過去は変えられないが、自分と未来は変えられる。「他責」からは何も生まれない。
マインドNo.64:最短で最大の成果を出す
時間をかけたら良いものができるというわけではない。どうしたら効率的に最大の成果を出せるか、目標を達成できるかを考えなければならない。完璧な Xmas ケーキであっても 26日には要らない。
2-3 どのように制作するのか?
クレドブックは年1回更新され、毎年4月1日に新年度のものが支給されます。日々変化する外部環境や内部環境に対応するため、毎年内容の見直しを行います。
クレドブック制作プロジェクトチームで一年間を振り返り、課題になったことや、今後課題になりそうなことをピックアップします。それらを基に、社員にどんなメッセージを発信していく必要があるのかを考え、マインド等に落とし込んでいきます。新たに追加するマインドやコンテンツは、制作プロジェクトチームのメンバーが日常からアンテナを立ててピックアップしています。お酒の席で「これって大事だよね」という話があれば、飲んでいてもその場ですぐにメモし、来年のクレドブックに反映される、ということはよくあります。
こういった日常のリアルや社員の声を濃く反映しているので、より社員に浸透しやすくなっていると考えます。
3.クレドブックをどのように活用しているか?
3-1 活用法(朝礼、研修、教育)
私たちが日常的に行っている、クレドブック浸透のための様々な取り組みや活動をご紹介します。
・クレドブック支給式
クレドブックは、毎年4月1日の入社式の直後に「支給式」の場を設け、代表の水野から一人ひとりに手渡しされます。
新入社員にはクレドブックとは何たるかの説明をし、全社員に向けてはその年に新たに追加されたマインド等の解説も行います。そうすることで、クレドブックの位置づけを高め、理解を深めることができます。
社員の中には、「今年はどんな激辛のマインドが追加されるのだろう?」と楽しみ(?)にしている者もいます。
・朝礼
イーバリューの朝礼にはクレドブックが必須となっています。
全社員でミッション(企業理念)の唱和をし、毎日1つのマインドをテーマに15分程度のディスカッションをします。そのテーマについて、各々がどう捉えているか、それにまつわる経験談等を自由に意見交換します。マインドに反した行動をとって「やらかしてしまった」失敗談、上手くいった成功事例なども共有します。時には「今だから話せる暴露話」と言ったものも出てきます。それらを共有することで、疑似体験をしたり、改めて何が大事かを認識する場となっています。
この毎朝の積み重ねが、価値観形成に大きな影響を与えていると考えています。
・新入社員研修
新入社員研修は、まずクレドブックの読み合わせから行います。新入社員がイーバリューを知り、理解するためのものが全て詰まっているからです。
また、ビジョンやミッションだけでなく、若手に期待されていることや、心得などについてクレドブックを用いて学んでもらいます。このような公式的な研修だけでなく、普段の後輩指導やちょっとしたアドバイスをする時にもクレドブックを用いると話が早いのです。
・「クレディ」をフィードバック
私たちは日常において、クレドに則った行動・考え方に触れたとき、相手に「クレディ(※)」を送ります。(※社内用語です)
「先週A社さんの商談に行った際、先方の社長さんとの話から、B君の魂を込めた仕事っぷりが伝わってきたのでクレディです!特に、スピード感を持った対応と、顧客目線を大事にする点を評価していただいていましたね。」
「昨日、顧客管理について改善案をだしてくれたことにクレディを送ります。ずっと同じ方法でやっていて、メンバーの中で当たり前になっていました。何か疑問やこうした方が良いのでは?と感じるところがあれば、ドシドシ意見ください!」
このようなメッセージを送りあうことで、クレドを理解し、行動レベルまで落とし込めるようになっています。
3-2 社員インタビュー:永野邦雄(入社14年目)
クレドブックが作られる前と後で、どのような違いを感じているか?
「作られる前は『イーバリューってこういうものを大事にしているよな』『こんな仕事をしていきたいよね』と、どこか感覚的に捉えているだけでした。共通認識としてはあるんですが、明文化されていなかったので仕事のディテールや、やり方の違いから大なり小なり衝突して、紛糾していることが多かったです。提示された方向に各々は向いているけれども、そこへの想いや価値観がズレてしまう・・・といった感じです。」
「クレドブックが作られたことで、提示された方向に対してどんな考えで、どうやって向かっていくのかが分かるようになりました。自分だけではなく、他のメンバーとも共通理解が進みましたね。各々のイメージとしてぼんやりしていたものが、共通の『言語』となりました。また、自身の価値観を押し通すことによる不和やいざこざが、かなり減ったように感じます。
私個人としては、後輩指導や自分がやる仕事について、迷いがなくなりました。行動指針が明確なので、そこに従ってやっていくことで仕事の質も変わってきました。
それまでは、やはり自分の我を押し通していましたね。『俺はこうやってきたから、お前もやってみろ』といった感じで。ただ、色んなタイプのメンバーが増え、自分の世界観だけでは上手くいっていなかったです。新しいメンバーとの仕事が増えたことと、クレドブックによって、今は、相手の価値観や考え方も受け止めたうえで、じゃあ目的を達成するためにどうやっていく?という発想ができるようになっています。
また、クレドブックではイーバリューにとって良いものと良くないものが明確になっています。なので、当然ながら、それに従って行動しているメンバーの方が伸びているのが見ていて分かって面白いですね。」
今、クレドブックはあなたにとってどんな存在になっているか?
「どうすべきか迷った時などに『イーバリューの品質ですか?』『真っ当ですか?』『独りよがりになっていませんか?』などと、問いかけてくれるので、己を顧みることができます。真っ当な自分であるために、恥じない行動ができる自分であるために、安易に楽な方に流れようとする気持ちを律することができています。経年も上がり、模範となるべき立場なので、よりそれを実感しています。」
社員インタビュー:吉田圭佑(入社3年目)
初めてクレドブックを読んだ時、どんな印象を受けたか?
「イーバリューの考え方やどうあるべきかが色々書かれていて、言葉としてしっかり考えられているんだなといった印象でした。ダメなものはダメとはっきり書いてあったり、🌶マークで辛辣な言葉が使われていたりして、『おぉ!結構言うなぁ』と少し驚いたところもありましたが。
とは言え、私はイーバリューに入社前に抱いていたイメージと、入社後に感じたイメージのギャップがほとんどなかったですね。入社して、クレドブックを読んで『やっぱこういう会社なんだ!』とすごく納得しました。
人として当たり前のことが書いてあって、誰が読んでも大事と思えることが書いてあるんですけど、それに取り組んで体現していくことって難しいなと感じます。物を大事にする、ルールや約束を守る、目標を設定するなど、当たり前ですけど本当に理解して行動できているかというと、どこか怠惰になっていたり、疎かになっていたりと気付くことが多々あります。」
今、クレドブックはあなたにとってどんな存在になっているか?
「イーバリューの社員であるために必要なものになっています。だからこそ、もっと理解して、採用の担当者という今の職務の中でも、もっと広めていきたいと思っています。」
「以前、自分はクレドブックの言わんとすることや、会社や働くことに対する価値観を十分理解していると思っていたのですが、ある時社長から『お前のその考え方は違う』とズバッと言われたことがありました。
私が入社する前年に社長が「10プレ計画(前述)」を掲げました。私はどうしてもその育成メンバー1期生になりたいと思っていましたが、それには参加条件があり、それをクリアできなければメンバーにはなれないというものでした。
私にとっては難関であった参加条件を何とかクリアしたのですが、後日、飲み会で「もし育成メンバーになれなかったらイーバリューを辞めようと思っていた」と口にしました。自分の人生をかけるくらいの覚悟だったので、本当にそう思っていたし、そういうスタイルが自分ではイーバリューの考え方に合致していると思っていました。
でも、社長の口からは『たとえメンバーから外れたとしても、それはお前の長い人生でほんの些細な出来事でしかない。それで会社を辞めるのか?帰属意識がなさすぎやしないか?そもそも、イーバリューでは一回逃したら二度とチャンスがないのか?』と言われました。
クレドが身に染みてきた今となっては、あの考え方はものすごく偏っていたということが分かります。それから、自分が理解したことや、フィードバックをもらった時、『こんな視点もあるのか!』と気づいたことを、どんどんクレドブックに書き込むようになりました。」
「そんな中で、自分が大事だと思って朝礼で話したことが翌年のマインドに追加されたことがありました。採用されたことへの嬉しさもありますが、自分がイーバリューの考え方を理解してきたんだと実感できたことが嬉しくて、とても印象に残っています。そうやって、若手社員の話であっても良いものと評価されれば取り入れられるのがイーバリューらしいなと思います。」
まとめ
イーバリューがイーバリューであり続けるために作られたクレドブック。「無形の財産」である理念や価値観、行動指針が明文化され、社員は自分たちがどこを目指し、イーバリューとしてどの様な判断軸が必要なのかが分かるようになりました。そして、それらに日常的に触れることで、理解を深めることができているのだと考えています。
また、クレドブックは、一度作ったらそれで終わりではありません。外部環境や働く社員、組織の在り方、事業内容などの変化に応じて中身も活用法もブラッシュアップしています。それが今の自分たちに必要なことと認識させ、組織の成長に大きな影響を与えていると考えています。